【どちらで生きる?】偽りの自分と本来の自分

 

 

みなさん、こんにちは!ターチです。

 

みなさん、普段からありのままで生きていますか?

 

おそらくそんな人はほとんどいないでしょう。この社会で生きていくためには、ある程度のフェイクが必要ですよね。

 

例えば、本当の自分はもっと優しいけれども、会社ではクールを演じているとか、本当はのんびりタイプだけど、会社ではキビキビしているとか、などです。

 

この割合が半々くらいならまだ自分を保てるかもしれません。

 

 

しかし、この偽りの自分が7割、8割、9割と増えていったらどうでしょう?

 

 

相当辛いのではないでしょうか。

 

私は今、蔓延している精神的な病気というのはほとんどこの「偽り」から来ると思っています。

 

 

本当はやりたくないのに、偽り続けて頑張っている・・・

 

 

会社の売り上げが落ちるほど、さらに自分を偽る必要が出てきたり、忖度をしないといけないことが増えたり、見て見ぬ振りをしたり・・・

 

そんなふうに偽りの自分が増していき、やがて自分を保つことができず、どうにもならなくなり苦しくなるのではないでしょうか。

 

 

 

みなさん、特に今苦しい人はぜひ『荘子』を読んでみてください。

この中でこんなくだりがあります。

 

 

『「(中略)水に生きる魚は、池の中に放ってやれば、自然に育つし、『道』を得て生きる人間は、無為であってこそ天寿を全うできるのだ」

 

子貢はさらに質問を続けた。

 

「では、ああいう連中のことを奇人(変わり者)と呼ぶのは、どういうわけでしょう?」

 

「うむ、世俗の目から見れば、かれらはたしかに奇人に違いない。だがそれは、かれらが世俗にしばられない天のままの存在だからだ。『天の君子は人の小人、人の君子は天の小人』ということばもあるではないか」 』

                                     『中国の思想 荘子』(徳間書店 松枝茂夫+竹内好(監修) 岸陽子訳)

 

 

つまり、この世でさえない人ほど、実はすごく天から好かれているということです。

 

よくきらびやかに、派手に吹聴している人ほど、実は中身が空っぽだったりします。たしかにそういう人はマーケティングに長けていて、売り込みもうまいのですが、いざ見てみると、「実力がない」、「人格がよろしくない」、ということは多々あります。

 

 

ですから多くの人たちが、この世の中で、「ああいいな」と思っている人ほど、実はほとんどが偽物なのです。(もちろんわずかながら本物もいますが)

 

 

この世ですごいように見える人たちは、天から(宇宙的にと言えばいいでしょうか)見ると大したことはなく、むしろこの世で朴訥している、ありのまま生きている人の方が天にして見ると君子的な存在であるということです。

 

 

何が言いたかったと言いますと、偽って生きなくて良い、ということです。

 

可能であれば、ありのままの自分で生きた方が天に好かれるでしょう。人生もうまく流れ出すでしょう。

そして何より自分自身が、なんとも言えない解放された気分になります。

 

これまで、見向きもしなかった空をきれいだと感じれます。何気なく食べていたご飯がこんなにおいしかったのかと思えます。そしてああ、自分の人生があったんだ、と心から思えるでしょう。

 

 

 

 

「でも、そうはいっても・・・」と多くの人たちは今ある安定が壊れることを恐れるのではないでしょうか?

 

たしかに一時的には壊れるでしょう。悪いことが起こったかのように見えます。

 

 

しかし、それは再生へのスタートです。新たな道すじが必ず出てきます。

天を信頼してください。

 

 

 

実は今私も今その再生へのスタートを切っています。

 

 

いろんな重荷を手放し、自分を解放し、新たな自分を見つけることにしました。

 

 

私は天にお任せしています。ありのままの自分を信じているからです。

 

またそんな自分を愛しているからです。

 

みなさんも本当の自分を取り戻す準備をしませんか?

 

きっと運命があなたを導いてくれるはずです。

 

 

 

 

 

 

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