【豆腐メンタルでもOK】人生に目標は必要か?

エネルギーを取られていませんか?

こんな集まりに参加したいと思いますか?

みなさん、こんにちは!ターチです。

今日はみなさんに聞いてみたいことがあります。

私自身、このnoteを通じて、サークルといいますか、集まりの場をつくりたいと考えています。

 

それは、どんなものかというと、昔NHKでやっていた「しゃべり場」のミドル世代(30〜40代)バージョンです。

みんながオンライン上に集まって、テーマに沿って語り合うというものです!

 

現在、このような社会状況の中で多くの人が言いたいことも言えず、もやもやしたまま生活を送られていると思います。

これから私たちはどうなっていくのか?不安や心配にかられている方も多いかもしれません。

 

会社や家庭以外の場で、まったく知らない人たちと、日ごろ思っていることや感じていること、これからのことなどを共有し合えたら、みなさんの心がもっと晴れやかになり、豊かになるのではないかと思っています。

 

それで、とくに社会で負担を強いられているのが、ミドル世代だと思います。会社でも、家庭でも、様々な場面で、中心となり責任を果たしていらっしゃるでしょう。

 

いまこの世代がつぶれかけているのではと思っています。それはうまく働けていないということもそうですし、体調が整わなかったりだとか、世代間のギャップに悩んだりとかもそうです。

 

本当はこれからの時代をもっとリードしていける世代なのに、多くの人が壁にぶつかっているそんな状態ではないでしょうか。

今回の「ちょっとだけ真剣!?ミドル世代しゃべり場」は私、ターチが企画し、運営します。サークルといっても、現段階では、ネット上(Zoom)で集まって、テーマに沿って語り合うというものです。

 

現段階では今年いっぱいまで実験をしたいと考えていますが、先にみなさんにこのようなサークルに興味があるかどうか聞いてみたいのです。

 

この集まりは1回だけの参加もOKにしようと考えています。(1回参加後、即解約してもらえればOKです)

このような条件の場合、みなさんはこの「しゃべり場」に参加したいと思いますか?

 

つづきはこちらをご覧ください!

自分の感じたものを信じる

 

 

みなさん、こんにちは!ターチです。

 

 

最近、いろいろなことが世の中で起こっていますね。この1ヶ月を見ても、いろんなことが流れるように進んでいます。

ひとつ物事が起こるたびにあれはこうだ、これはこうだ、という人がたくさんいて、本当にどれが正しい意見なのかわからなくなるときがあります。

 

一見正しそうな意見であっても、何か自分の心の奥底でもやもやが残るものもあります。

 

そんなとき、どんな偉い人がすごいことを言っていても、これまで信頼していた人がまともそうな意見を言っていたとしても、自分と意見が違い、自分の考えの方が腑に落ちるなら、自分の考えをとってください。

 

 

私たちが陥りそうなワナはこの部分で、いつも信頼している人のことを信じてしまいます。あれ、ちょっと違うかも?と思ってもこちらが正しいのかと思ってしまいます。もちろん相手の方が経験が多く、その方法に従った方がうまくいくのかもしれません。

しかし、それがたとえうまくいくとしても、自分の腑に落ちないなら自分を信じた方がいいと思います。

 

 

自分には力があると思ってください。まわりから信じさせられている信念(つまらない常識や忖度)に惑わされず、あなたの道を進んでください。

 

私がこれまでの人生を生きてきて思うのは、やはり、人生を満足して生きている人というのは自分の道を歩んでいる人、自分の信じることを貫いた人です。

 

 

多くの人は誰かに何か言われると揺れ動きますが、このような人たちは、自分のことを強く信じています。

 

これはシンプルなのですが、ほとんどの人ができません。

 

自分を心から信じることができないからです。

 

 

ジュリア・キャメロンは『ずっとやりたかったことをやりなさい2』の中でこう述べています。

 

 

「プロセスを信じる心、すなわち『私たちは変化しても、宇宙からの変わらぬ支援を得ることができる」という信念を持つことは、安らかな成長に欠かせない。」

 

 

私たちは、自分ひとりであるという心持ちから解放され、守られているという感覚になった途端に、これまでにない力を発揮できるのかもしれません。何があっても、結局うまくいくようにできていると思えば気軽に進めます。

 

この気軽に行く、というのはポイントかもしれません。

 

気軽に行くことができれば、人生を楽しめるからです。

 

私たちが住むこの社会も、もっと気軽に生きることができたら、お互いを批判する必要はまったくなくなるでしょう。

 

気軽に自分の信じた道を行ける、これが私が望む理想の社会です。

 

 

 

 

 

 

【人前で話すシリーズお知らせ】noteで個別相談と記事の販売をはじました!

 

人前でうまく話せなくて悩んでいませんか?

それも長年・・・です。

 

しかしそれが

克服できるとわかったらどうでしょう、希望が持てませんか?

 

私もそうでした。長年苦しみました。およそ20年・・・。

きっかけは中学生のときの道徳の時間でした。

 

朗読することになったのですが、緊張のあまり声が出なくなってしまったのです。

焦りました・・・自分は歌ではクラスで多少の評判があったからです。

 

「なんで人前で歌は平気なのに、音読はだめなんだ・・・」

 

すごく悔しい思いが湧き出てきました。しかし案の定読めずに終わりました。すべての不幸はそこからはじまったのです。

まるでスポットライトを浴びていた人間が坂を転げ落ちるかのように・・・。

 

そのたった1回の失敗で私の人生が大きく変わりました。

 

もちろんいまの私なら、そんな失敗も気にせず進めるでしょう。しかし、当時は敏感な年ごろです。そこから抜け出すことが困難になっていました。

 

もはや人前で話すと、失敗する(話せない)が完全プログラムとして条件づけされてしまったかのように・・・です。積極性も失せていきました。

 

そこから20年・・・、あるきっかけが訪れます。

 

話し方教室のネット広告でした。私は半信半疑でした。なぜなら、「行ってもすぐにもとに戻ってしまう」と聞いていたからです。

しかし、ちょうどそのとき近々人前で話さなければならない機会が訪れていました。

すでにパニック状態で、わらにもすがる思いで教室に行ったのです。

 

半信半疑のまま、講座に参加しました。そこで思いもよらぬ体験をしました。

 

自分の話をいろいろするのですが、そのどの話にもみなさん熱心に耳を傾けてくれるのです。

 

こんなにも聴いてくれる人があたたかく受け止めてくれるなんて、、、

いままで体験したことのないあたたかさを感じました。私は自分の話を終えて、講座の帰り際、なんとも言えない爽快感に包まれていました。

 

いままでの暗い気持ちは一体何だったのだろうか・・・?

 

ここで、こう思うわけです。もしかすると、うまく話せるようになるかも・・・と。

 

振り返るとそう思えたことが、うまくいくきっかけになっていたのでしょう。

 

ここで私が言いたかったことは、この話し方教室がよかったから行きましょうということではありません(もちろんこれはこれですばらしいのですが)。

 

言いたいことは、はじめの一歩をとることが重要である、ということです。そしてそれが人生を変えるということです。

 

 

私は長年、克服のための一歩をとれなかったのです。だからいつまでたっても、堂々巡りで、無駄な時間を過ごしていました。チャンスも逃していました。

 

しかし私は自分の経験から、これを読んでくれている(きっと同じような体験をしている)あなたには、そうなってほしくないと思っています。

 

あなたにはぜひ勇気を出して、一歩踏み出してほしいんです。

 

私が言いきれるのは、あなたが今たとえどんな状態であろうと、必ず人前で話すことができるようになる、ということ。

 

私はそんなことを書いている本をたくさん読んできました。しかし一向に上手くなりませんでした。

 

なぜでしょう?

それは自分の実行が足りなかったからです。実は、話し方は特にそうですが、実際に人前で話していかないと治りません。

 

つまり、いま原因になっているのは、その消極的な心の状態にあるということです。

 

逆に実践を繰り返すことで積極性が必ず向上していきます。自信もついていきます。

 

ですから今は「そんなことは絶対無理!」と思っているあなたも、正しい心構えと行動を繰り返すことで必ず話せるようになります。

 

今回このコースは、いまお話してきたとおり、よく巷にあるようなアナウンサーや司会者、講師の人たちなどもともと話し方がうまかった人が作ったコースではありません。

 

あなたと同じように、悩み苦しみ、人生を投げ出しそうになった私が実体験を通じてつくったコースです。だからこそあなたの気持ちが痛いほどよくわかります。

 

同じように熱いものを熱いと感じられるのです。

 

ですので、あなたがもし本当に人前で話すことに悩み、どうしても話したい、

積極的な人生を歩んでいきたいと少しでも思われたなら、一度このコースを受講してみてください。

 

そう、はじめの一歩をとるのです。その一歩をとりはじめた瞬間、あなたの人生が変わり始めていることは間違いありません。さあ、私と一緒に新しい人生を切り開いていきましょう。

 

 

人前で話すことを克服して新たな人生のステージに行きたい方はこちらです。

 

 

人が一番癒される場所

みなさん、こんにちは!ターチです。

 

断言してもいいのですが、

 

人間が一番癒される場所というのは

 

川と森だと思います。

 

川のあのせせらぎと、森の木々のやわらかな風になびく音を聞いていれば、病気は治ると思います。そういう場所にいれば、病気にならないでしょう。

 

 

私はこれまで、都会でも有名なマッサージの専門店に行ってきました。何回も通ったりもしました。しかし、そこで一時的には癒されるものの、完全な癒しを得ることはできませんでした。

 

家の近くの小さな公園とかで休むこともありましたが、それも一時的な回復に過ぎませんでした。

 

 

でも、雄大な自然に囲まれたとき、人ははかりしれないエネルギーをもらい、回復します。

 

これは言葉にしがたいのですが、なんとも言えない自然からのパワーをもらうのです。

 

 

 

私たちはもともと遺伝子レベルでそれらのものが体や心にマッチするのを知っています。

ただ、いまの現代社会は物質的なもの、人工的なもので汚染されているので、みんな本来の感覚がマヒしているのでしょう。

 

 

都会の真ん中にいるとよく分かります。何か苦しさを感じるときがあるんですね。なんとも言えない型ぐるしさ、息苦しさ、生きにくさ。邪気もたくさん感じます。

 

 

そうやって暮らしていると、だんだん人間本来の生命力がすごく失われていく気がするんですね。

 

もう私たちは、そんな生活を見直すときが来ているのではないでしょうか?

 

だってもうみんな限界じゃないですか?

 

体も心も・・・

 

 

本来の自分にもどる、それは自然体の自分に戻るということ。

 

 

都会にいると、どうしても違う自分を演じてしまいがちです。でもそんな虚構を演じても何も意味はありません。自分の軸がずれていくだけです。演技力はつきますよ、だから役者を目指すならいいかもしれません。

 

 

 

それで今回言いたかったことは、私たちが忘れてしまっている、自然のお恵みに気づこうということです。自然のエネルギーは目で見えないですから、それを感じることが難しく思ってしまいます。

 

それよりも人は誰かにやってもらうマッサージや、機械がやってくれるリラックスを好みます。

 

 

でも、やっぱり人を真に癒すのは自然ではないでしょうか。私はこのことを実体験から感じるのです。

 

 

 

 

実は本物はすぐそばにいるかも

 

みなさん、こんにちは!ターチです。

 

かつて東京の中心で働き、キラキラしたものを見てきました。

 

すごいもの、大きく見えるもの、光り輝くものをたくさん見てきました。

 

しかし思うことは・・・

 

やっぱり、まがいものが多いということでした。

 

つまり偽物がほとんどだったということです。

 

私がそんなことを言うことは大変おこがましいですが、自分の媒体なので言いたいことを言おうと思います。

 

 

実は、本当にすごい人とか、本物の人って、普通に暮らしていて、そんなキラキラした場所とかにはいないということです。

 

彼らは別に作為をする必要はないからです。

 

 

偽物ほど、キラキラしているように見せたり、大きく見せたりするものです。

 

 

これはよく言われるスピ系の占い師とか、あてはまると思います。本物の方ほど、地方のどこか小さな村みたいなところにいて

絶対にメディアには出てこない、これが本物です。

 

一方、偽物は、しょっちゅうメディアに出ています。

なぜなら本物ではないため、自分を売り込まないといけないからです。

 

 

 

私は最近、これは人生の速度でもいえることではないかなと思っています。

 

人生において早く出世するとか、早く有名になる人というのは

作為的であるということです。

 

 

なぜなら作為なしでは、そんなにすぐに出世とかできないからです。ということは世の中で若くしていろんなところで露出している社長とか、有名人はほとんどが偽物と言わざるを得ません。

 

 

もちろん才能があって、本当に世に出られている方もいると思いますが数はかなり少ないでしょう。

 

だから私たちは、それを見分けないといけないということです。

 

一見、誰が見てもすごい!と思えるものは、危ないということです。

 

 

 

昔、中国の三国志に出てくる天才軍師の諸葛孔明もまったく世に出ず、静かに暮らしていましたが、劉備がどうしても力をかしてほしいということで世に出ました。

 

安倍晴明も40歳くらいまでは学生だったらしく、活躍したのは40歳すぎてからだそうです。

 

 

本物は無理をしないということです。ありのままで生きていることが多いのです。

 

そして世に出ている人は、そういう人間をコントロールしようとする人たちなのです。

 

 

この構造を理解しておくだけでも世の中のしくみがよく分かります。

 

 

私個人的には、そろそろこのコントロールの力がなくなってほしいと思っています。コントロールというよりもファシリテートするくらいの力でいいと思います。

 

すべてが等価の関係である、そんな世の中だともっと才能を発揮したりできるでしょうし、もっと人としてまっすぐに、純粋に生きていけると思うのですが、みなさんはどう思いますか?

 

 

これからの時代に期待します。

 

 

 

【人前で話す方法】現状を把握する

 

みなさん、こんにちは!

 

今回は「現状を把握する」ということをお話したいと思います。

 

人前で話せないという人は多くの場合、だた「話せない」という認識を持っています。

 

私が今回おすすめしたいのは、ただ話せないということだけではなく、どのような状態なのか、息が苦しくなるのか?頭が真っ白になるのか?手が震えるのか?事細かに認識してほしい、ということです。

 

そんなことを決して見たくないと思いますが、思い切って目を見開いてみてください。それが先に進むための第一歩になるからです。

私の場合には、手などはそんに震えませんでしたが、とにかく息が苦しかったのです。呼吸に問題がありました。

 

私は、マンツーマンで教えてもらえるところに通っていましたが、そこで姿勢や呼吸の仕方、視線の向け方などを習いました。

そのような細かな部分を修正していき、実践を繰り返すことで「恐怖心から解放」されました。

 

もちろん、いまでも緊張はしますが、根本的な恐怖心が取り除かれました。

おそらくみなさんも、人前で話すとき、緊張と恐怖心の両方が出てくるため、互いに混ざり合った感情を抱いていると思います。

 

実は、恐怖心は取り除いていけますが、緊張は毎回起こるものです。そのため、それぞれ分けて考える方が望ましいでしょう。

 

 

このように、いまあなたに起こっている現状を把握して、どこを重点的に直していけばいいのか、また気にしなくてもいいものなのかをできれば専門家の方と相談してください。

 

 

 

いまの自分の現状を把握しておくことがとても重要です。多くの人たちはこれを見ようとしません。私もそうでした。でもこれは心理的にみても、当たり前ですよね。自分の嫌な部分を誰も見たくはありません。

 

しかし、実はみなさんが思っているほど見たくないものは悪いものではありません。それが話すときの味になることもあるし、ちょっと変えることですごく良い話し方になるからです。

 

ですから、たとえ「自分の話し方なんて見直したくないなあ」、と思っていても一度振り返ってみることをおすすめします。とくに客観的に第三者からアドバイスを受けましょう。そうすることで、問題点が明確になります。

 

 

私の場合ですが、はじめは聴いている人たちに視線をあわすことができませんでした。うまく話している人は、いろんな人に目線を数秒づつ合わせていくのですが、これがなんとも苦手でできませんでした。

 

 

私は、現状を把握しました。そのときどうしたら合わせられるようになるだろうとひたすら考えました。

そして思いついたのが、公園でのイメージ練習だったのです。

 

 

早朝に誰もいない公園に行き、一人広場に立ちます。前には自分がイメージしたお客さんがいます。私の場合はセミナー講師をするという目標がありましたので、受講生の人たちが、何人もいることを想像しました。

 

そして、そのイメージした受講生たちの目を見ながら、話していく練習をするわけです。

「何をそんな子供だましみたいな!」と思われるかもしれませんが、私の経験上、非常に効果がありました。

 

 

昔、私はサッカーを習っていたのですが、あるときコーチから試合前には必ずイメージトレーニングをするように言われました。

ほんのすこしの時間でいいからやるように、と指導を受けました。

 

私はそのとき半信半疑でしたが、寝る前に明日の試合、ボールが転がってきてシュートを打ち、ゴールを決めるイメージをしてみました。すると、当日試合で本当に、ボールが転がってきてシュートを打つと入ったのです!

 

自分でもそんなバカなと思いましたが、続けていくうちに他の試合でも効果が出ました。そこからイメージトレーニングの大切さを理解しました。

 

 

話を戻しますが、このように一人でイメージをしながら、(とくに自分がうまくやっていることをイメージしながら)予行演習しておくことはとても重要です。

 

ここで大事なことは、単にイメージだけにとどまらず、自分で声を出し、目線を合わし、姿勢を正し、など本番を想定した行動をとっているということなのです。

 

まさにこれこそが、本番がうまくいくための何よりの暗示になっているのです。

 

 

ですから、みなさんに今回お伝えしたいことは、現状を把握して、うまくいくイメージをして練習することです。

はじめはたくさんやらないといけないと思いがちですが、ひとつずつで構いません。今回は目線だけに注意して練習してみようとか、姿勢だけにフォーカスしようというのでも構いません。

 

自分がしんどくならないように、続けられるような練習を自分で工夫してみてください。

 

たとえ一つずつであったとしても、あなたは必ず大きく成長していきます。それを私の経験からみなさんにお約束します。

 

 

 

知識を減らすと賢くなる?

みなさん、こんにちは!ターチです。

 

いま多くの人がすごい情報量にさらされています。

 

何かで見たのですが、私たちの1日で見る情報量は、江戸時代の1年分、平安時代の1生分だそう。

 

これが本当だとすると、私たちはそれは病気にもなりますよね。

 

 

何か情報や知識をいれておくと、もちろん生きていくのに役には立ちますが

入れすぎるのは禁物だと思っています。

 

 

科学的にはワーキングメモリー(脳の処理能力)が落ちるからというのがひとつ、

それと知識をいれすぎると、判断を間違えてしまうからというのが大きな理由です。

 

 

私たちの本来備わっている「自分の直観」というものを、活かせなくなってしまう

ということです。これは「自分らしさ」や「本当の自分」の軸から外れてしまうことを意味します。

 

 

そういう意味では、本は大変すばらしいものですが、これもまた読みすぎると、

だんだん頭でっかちになり、自分の考えがなくなってくるような気がして適度な量にする必要があると思っています。

 

 

例えば、自分である決断をしようとしていて、そんなときに本で松下幸之助さんがこう言っていたとか、マルクスがこう言っていたとか考えていたら、本当の自分の判断が鈍ってしまいます。

 

 

参考にする程度はいいと思いますが、なんでもかんでも人の意見に頼るのは危ない気がするのです。

 

 

重要なことは、何か大切な決断をするときには、たとえどんな偉人が自分の意見と違うことを言っていたとしても、自分の考え、思いを優先させることです。これが本当の自尊心であり、自分を真に信じるということでしょう。

 

 

アメリカの思想家エマーソンは、『自己信頼』という著書の中で

 

「とにかく誰になんといわれても自分を信じよ!」

 

と言っています。

 

 

それくらい自分を信じるということは何にも増して重要なことなのです。

 

知識をたくさん持って自信がないのと、あんまり知識は持っていないが自信はあるというのと、どちらが人生うまくいきそうでしょうか?(ここでのうまくいくというのは、他人軸ではなく自分にとってうまくいくということです。)

 

 

私はいまこれまで持っていた知識を減らしていっています。本当に大事なものだけ残して、頭の中の断捨離をしています。

その結果何が起こっているか?

 

 

とても頭がすっきりしていて、そして何より、判断を自分の直観でよりできるようになりました。

 

これまでだとやたらと知識を出してきて、比較してどうだとか考えていましたが、それだと結局決めるのに時間がかかる上、決められなくなるということもあります。

 

 

それをやめることで、とにかく自分の勘にしたがってみる。お任せすることで、気持ちよく決断できるようになってきました。

 

 

知識を減らすことで、もしかすると本来の人間の能力を発揮できるのかもしれません!

 

 

 

 

人からどう見られるかで生きてたら苦しくない?

 

みなさん、こんにちは!ターチです。

 

 

今回は「人からどう思われるかを考えて生きている人」というテーマで書きたいと思います。

 

 

意外と都会の方が、この割合が高い気がしています。

 

 

人からどう見えるかを常に考え、損得勘定で生きている人を見ていて思うのは、

 

「なんか居心地が悪い」

 

ということですね。

 

見ていてもそうですが、一緒にいるときでも何か落ち着かないかんじを抱かせます。それは相手が何か企んでいるかもしれないとkこちらが感じるからかもしれません。

 

 

例えば、昔職場にいたのですが、私よりも年上なのにも関わらず、やたらとへりくだってくる人。見え見えのお世辞をいってきて機嫌をとろうとするのですが、なんとも気持ちの悪いものでした。

 

また、弱者にはやたら強気で、強者にはやたらと忖度する人。これは日本の社会では多いですが、私はあまり好きにはなれません。

 

 

これらを行っている人というは、前にも書きましたが、自分自身を偽っています。

常に自分を偽り続けているという人ということです。

 

 

このようなことを継続的に行っている人というのは、自己肯定感が低かったり、承認欲求が強かったりするのが特徴です。

 

 

もし仮に家庭内で、親がこのような状態であれば、影響を受けるのは子供ですし、会社であれば社員にその影響が出てくるでしょう。

 

 

みなさんはこういう人と付き合いたいと思いますか?

 

 

 

彼らは、常に人からどう思われるかを考えているため、人の発言に敏感であるということ。なぜか自分の発言には甘く、他人の発言には激辛です。そして、何か他愛もない話をしかけてきたと思いきや、必ずそこには意図が隠されている・・・

 

 

これは一緒にいて居心地悪いですよね。こちらも本当の自分を出しづらくなります。

 

 

 

このような人たちは、あまりに人からの見え方を意識しすぎているため、もはや本来の自分の姿を完全に忘れてしまっています。自分を置き去りにしてしまっていると言っても過言ではありません。

 

 

私はこれが一番悲しいことだと思います。この人たちも一人の個性ある人間に生まれて、くだらないないステータス(あくまで私が思うにですが)のために、自分というものを犠牲にしているのです。

 

 

ひとりひとりが作為的ではなく、無作為的な人間になれれば、もっと人としての愛が芽生えると思うのですが・・・。

 

貧富の意識が生まれたのは農作ができた弥生時代からだといわれています。縄文時代にはそのような意識はなかったそうです。むしろみんなで平等で仲良く暮らしていたようです。

 

そう考えると、私たちにとって本当の「古き良き時代」は縄文時代かもしれません。

日本人が、この時代においてそんな高い次元の意識で生きれたとしたら、素晴らしい国になるのにな、と思ってしまいます。